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dendenkinoko’s diary

ほっつき歩いたところ、たべものなどの写真を貼って参ります

ウィルキンソン炭酸水工場跡

辛口ジンジャーエールやアルコールの割り材としてお馴染みのウィルキンソンは、1889年に神戸に住んでいたイギリス人の実業家クリフォード・ウィルキンソンさんが、宝塚の山中で炭酸水が湧出しているのを発見し、瓶詰して販売したのが発祥です(日本ブランドなのです)。湧出した炭酸水をイギリスの検査機関に送り成分分析したところ、医療用・食卓用として世界有数の良質な水であることが分かり、日本はもとよりアメリカや東南アジアにも輸出されていました。その後、1983年にアサヒビールが商標権を取得し、1990年に宝塚工場は閉鎖。アサヒ飲料の明石工場で生産されるようになりました。・・・というような情報を知り、元祖ウィルキンソンの炭酸水が湧出していた井戸が気になり、ネットや書籍で得た情報を元に探してきました。

※なお、それまでは「タンサン」という言葉は無く、該当する言葉として英語由来の「ソーダ」が使われていました。ウヰルキンソン・タンサンというブランドから、タンサンという言葉が日本に定着していったそうです。また、有馬や宝塚周辺では炭酸水が湧出する井戸が他にもいくつかあり、その炭酸水で練り上げたせんべいが名産品の炭酸せんべいです(現在は炭酸水ではなく重曹が使われることも多いようですが)。

 

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当時のウィルキンソン宝塚工場解体前の写真(実際は生瀬との境にあり、住所は西宮です)

 

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工場は閉鎖された後も1994年まで武庫川沿いに建っていました

 

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湧出した炭酸水を濾過する施設(濾過場)の当時の写真です

 

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すぐ近くの井戸から引かれた炭酸水は3つの濾過槽を通り瓶詰されていました。これらの場所は現在どうなっているのでしょうか・・・?

 

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武庫川沿いに建っていた工場はマンションになっておりました

 

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マンションの隣には「ウィルキンソン記念館」が建てられていましたが、特に展示物などはないようで、公民館として使われているようでした。横には山に続く道があったので、辿ってみることに。

 

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古い石段が現れました。更に上ると・・・

 

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当時の写真にあった赤い橋が見えました!ここが濾過場だったようです。ただし、柵があるため、これ以上は近づけませんでした。残念ながら井戸そのものは発見できませんでしたが、濾過場跡には遠目から水が流れている様子が窺えたので、もしかしたら元祖ウィルキンソンの炭酸水かもしれません。 

国産の天然炭酸水は貴重ですし(私が知る限り、現在も販売されている国産天然炭酸水は福島の金山町のもの→北海道&東北一人旅12~13日目(2006/8/29~30)と大分のものくらいかと思います)。 今ならウィルキンソンの高級版として国産天然炭酸水を謳えば需要もそれなりにあるのではないかと思いますし、当時の写真を見ると洋風の洒落た工場で、産業遺産としても価値のあるものだったのではないでしょうか。普通のマンションになったのは少し残念ですが、そのまま残しておくよりもお金になるのでしょうがないのでしょう。

 

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WLKINSON(゚д゚)ウマー

 

写真引用:足立祐司(1996). ウィルキンソンタンサン鉱泉株式会社宝塚工場調査報告書 西宮市教育委員会 

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